闘士の死は惨めで、戦士の死は忘れられる

僕は、かなり高知県を意識している。
というのは、
【アンパンマン】 が大好きなのだ。
あの、中途半端な自己否定は、東大闘士生き残りの偽物の悲惨さでは無い。
自己否定は中途半端の方がエエ。
中核派的な決意主義は、尻の穴が痛くなる。
で、ないと、
全てが自己責任回避から始まる記者会見が良い例になってしまう。
最初から 【逃げ】 なければ、後が大変というのは狂ってしまっている。
「じっくり、言い訳を聞いて判断する。」 という日本的な情緒が消えてしまっている。
質問をしなくてもエエ報道関係者なんて、ロボットで沢山だ。
新自由主義=竹中先送り理論=資本家今だけ良ければ賭け事だ ということだ。
僕は、これも 【のん】 (NON)の横書きの下書きのせいだと思っている。
【だく】(諾)の連続の日本語の流れを無くしたら最悪だ。

お医者さんも森鴎外の時代を回顧して、前へ進もうよ。
苦しくば、あと振り返れ、わが思ふ人………
縦書きだらけの頭脳を横に倒した努力は、たぶん、理数系の頭脳では無くて、文系だと僕は思うよ。

モンゴルが文化的に遅れたのはキリル文字のせいだと僕は思っている。

アンパンマンの歌を忘れないでおこう!!!!

ははははははははははははははははははははははは。

きっと、手術は成功する。
哲つぁんが生きていないと、世界が凍り付く。
僕は、口が裂けても 【ゲバ哲】 とは呼ばない。

 

 

 

 

 

 

 

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