文献たちの憂鬱

僕は躓きを感じているんです。
歴史の流れに沿って、
レーニン、スターリン、トロツキー、ローザ、カウツキーなどを解りやすく解説したページぐらいはネットに揚がると思っていました………………
ドイツ共産党の手で行われるべきだと………………
誰が? 誰を? 殺し、弾圧したのか?

テキストを時系列主義的に並べて検討する権利は若者に遺されていると思うんです。
著作権………………くだらない!!

論理的なスッキリさ を消し去ろうとする行為の全てが反革命だと思います。
他人の脳髄は打倒すべき対照では無く、止揚すべきだと思いませんか?

僕は 「エチカ」 を電子テキストにして始めてスピノザさんの論理構造が少し見えました。
「国家論」 途中挫折は論理的な問題とか、年齢的な問題ではない気がします。
何故でしょうか?
まあ、
そういう事はポスト・モダニスト達に任せておけばエエ………………?????
何かが変です。
かたぁ~~い頭の人達は、理性が世界共通概念だと思っていらっしゃる。
ですから、『主義者』 の言葉は勢い難しくなるのです。
唯物弁証法を解く側が観念論から出発していたら話にならない。
批判の反批判も権威主義的に高圧的態度では無く、
柔らかく、柔軟に 【止揚】 しなければ、元へ戻ろうとする情念が働いて、あかんのです。
ええい!
面倒臭い奴や!!
と、
他人から言われる年寄りになりましょう!!!

ははははははははははははははははははははははははははははは。

論理的年寄りは、救われては浄土には逝けないのです。
ははは。
煙草を吸っていた自分が原始人に思えて来たから不思議ですよ。

 

 

 

 

 

 

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