原発を論じるのに原子物理学を持ち出す不思議さ

いきなり 畠中 訳 岩波文庫 2002年10月25日 第41刷
より引用>>

第五部
知性の能力あるいは人間の自由について

序言

最後に私は自由に達する方法ないし道程に関する倫理学の他の部分に移る。
私はこの部で理性の能力にっいて論ずるであろう。
すなわち理性そのものが感情に対して何をなしうるかを示し、次に精神の自由ないし至福とは何であるかを示すであろう。
これによって我々は賢者が無知者よりどれだけ有能であるかを見るであろう。
しかし知性はいかなる方法、いかなる道程で完成されなければならぬか、さらにまた身体はその機能を正しく果しうるためにはいかなる技術で養護されなければならぬかはここには関係しない。
なぜなら後者は医学に属し、前者は論理学に属するからである。
ゆえにここでは、今も言ったように、精神ないし理性の能力だけについて論ずるであろう。
特に、それが感情を抑制し統御するために、感情に対してどれだけ大きなまたどのような種類の権力を有するかを示すであろう。
なぜなら、我々が感情に対して絶対的権力を有しないことはすでに前に証明したからである。
ストア学派では感情が絶対に我々の意志に依存して我々は感情を絶対に支配しうると信じていた。
けれども彼らは、経験の抗議により、彼ら自身の原理に反して、「感情を抑制し統御するには少なからぬ訓練と労力を要する」ということを容認せざるをえなくなった。
ある人はこれを(私の記憶に誤りがなければ)二匹の犬、一は家犬、他は猟犬、の例によって示そうと試みた。
すなわちその人は訓練によってついに、家犬が猟をするように、また反対に猟犬が野兎を追うことを止めるように、慣らすことができたというのである。

デカルトも少なからずこの意見に傾いている。
なぜなら彼は、魂つまり精神は松果腺と呼ばれる脳の一定部分と特別に結合していること、この腺を介して精神は身体内に起こるすべての運動ならびに外部の対象を感覚すること、そして精神は単に意志するだけでこの腺を種々さまざまに動かしうること、そうしたことを主張しているからである。

彼の主張によれば、この腺は脳の中央に懸(かか)っていて動物精気のごく微細な運動によっても動かされうるようになっている。
なお、動物精気が多くの異なった仕方でこの腺を衝くのに応じてこの腺は脳の中央においてそれだけ多くの異なった状態を呈すること、さらにまた動物精気をこの腺に向かって推進せしめる外部の対象が種々異なるのに応じてそれだけ多くの異なった痕跡がこの腺に刻印されることを彼は主張している。
したがって、もし松果腺があとで、これを多種多様に動かしうる精神の意志によって、かってさまざまに刺激された精気の活動のもとに呈したことのあるこのあるいはかの状態を呈すると、今度はこの腺自身が、以前にこれと類似の腺状態において動物精気を体内に押し戻したのと同じ仕方で、精気を推進せしめかつ指導するようになる。
なおまた彼は精神のそれぞれの意志が自然的に一定の腺運動と結合していると主張する。
例えばある人が遠方の対象を見ようとする意志を持つなら、この意志は瞳孔の拡大をひき起こすであろう。
しかし単に瞳孔を拡大しようと思う場合、その意志を持っても瞳孔は拡大しないであろう。
なぜなら自然は、瞳孔の拡大ないし縮小をきたすように精気を視神経へ推進せしめる役目をなす腺運動を、瞳孔を拡大ないし縮小しようとする意志とは連結しないで、遠くのあるいは近くの対象を見ようとする意志にのみ連結したからである。

最後に彼は、この腺のそれぞれの運動は我々が生まれた時以来自然的に我々のそれぞれの思想と連絡されているように見えるけれども、それにもかかわらずこの運動を習慣によって他の思想と連結することもできると主張し、これを彼は『感情論』第一部第五〇節で証明しようと試みている。

これによって彼は、いかなる精神も、適当に指導されるならば、自己の感情〔受動感情〕に対して絶対権を得られないほど薄弱なものではないと結論する。
なぜなら、感情は彼の定義に従えば「知覚あるいは感覚あるいは精神の動きであって、これらはもっぱら精神の領域に属し、そしてこれらは(ここに注意!)精気のある運動によって産出され、維持され、強化される」のである(『感情論』第一部第二七節を見よ)。
ところが我々は松果腺の各運動を、したがってまた動物精気の各運動を、任意の意志と結合することができるのであり、また意志の決定は我々の力にのみ依存するのであるから、このゆえにもし我々が自分の生活活動の規準としている一定の確実な判断によって自分の意志を決定し、そして自分の持とうと欲する感情の動きをこれらの判断と結合するならば、我々は自分の感情に対して絶対的権力をかち得ることになるであろう。

これがかの有名な人の見解である(私が彼の言葉から推知する限り)。
もしこの見解がこれほど尖鋭なものでなかったとしたら、私はそれがこのように偉大な人から出たとはほとんど信じなかったであろう。
それ自体で明白な諸原理からでなくては何ごとも導出せぬことを、また明瞭判然と知覚したことがら以外の何ごとも肯定しないことを断乎と主張し、スコラ学派が不明瞭な物を隠れた性質によって説明しようと欲したことをあれほどしばしば非難した哲学者その人が、あらゆる隠れた性質よりもいっそう隠微な仮説を立てるとは実に不思議にたえないのである。

いったい彼は、精神と身体との結合をいかに解しているのか。
またいったい彼は、延長のある小部分〔松果腺〕と最も密接に結合した思惟についていかなる明瞭判然たる概念を有しているのか。
実に私は彼がこの結合をその最近原因によって説明して欲しかったのである。
ところが彼は精神を身体から截然と区別して考えていたので、この結合についても、また精神自身についても、何ら特別な原因を示すことができないで、全宇宙の原因へ、すなわち神へ、避難所を求めざるをえなかったのである。

それから私は、精神がいかなる程度の動きをかの松果腺に与えうるのか、またどれだけの力で精神は松果腺をある状態に保ちうるのかを知りたい。
なぜならこの腺は、精神によって動かされる場合、動物精気によって動かされる場合よりもより遅く動くのかそれともより速く動くのか、また我々が確実な判断と密接に結合させた感情の動きが物体的原因によって再びこれらの判断から分離するということがありえないかどうか、そうしたことについて私は何も聞いていないからである。

もしそういうことがありうるとしたら、たとえ精神が断乎と危難に赴こうと企て、この決意に大胆という心の動きを結合するとしても、危難を目撃するや否や松果腺がある状態を呈してそのため精神が逃亡しか思惟しないというようなことにもなるであろう。
しかし実際のところは、意志と運動との間には何の関係もないのだから、精神の能力ないし力と身体の能力ないし力との間には何の比較もありえないのである。
したがってまた身体の力は決して精神の力によって決定されえないのである。
その上に、この腺が脳の中央に懸っていて、そのように容易にまたそのように多くの仕方で動かされうるということはないのであり、またすべての神経がみな脳窩にまで続いているわけではないのである。

最後に彼が意志およびその自由について主張したすべての事柄はこれを省略する。
なぜなら、それらが誤りであることは私の十二分に明らかにしたところであるから。
ところで、精神の能力は、さきに私の示したように、もっぱら妥当な認識作用にのみあるのであるから、感情に対する療法───私の信ずるところではそうしたものを誰でもみな経験して知っているのであって、ただそれを正確に観察したり判然と識別したりしていないだけなのである───を我々はただ精神の認識によって決定し、精神の至福に関するすべてのことをこの認識から導き出すであろう。

公 理
 もし同じ主体の中に二つの相反する活動が喚起されるならば、両者が相反することを止めるまでは、両者の中にか両者の一方の中にか必ずある変化が起こらざるをえないであろう。
 結果の本質がその原因の本質によって説明され・規定される限り、結果の力はその原因の力によって規定される。

<<引用ここまで。

ネグリ本を読み進めていくと、思わぬ所で躓いてしまう………………
【エチカ】 は、一番 HTML 文章に適している?
400年前でも、そうなんで………………
スピノザは大した奴だと思います。
こんなものをあの時代に頭に描いていたなんて!

時間軸を足し算すると、「止めて、揚げる」 というのが実に数学的であるか、解る気がしています。
見えてくる→視界が拡がる→視床下部 と、なるわけで………………
畠中本からネグリを眺めると、すごく制約(時間的な)を感じるんです。

古いラテン語 現代ラテン語 独逸語 畠中訳本

と、横(空間という意味)に並べると、跳び方の法則が空間的に少しだけ見えます。
時間を足し算?すると騎士道に反するような気がします。

僕に言えることは、【哲学をなす者への敬愛】 がなければ、否定も何もあったものじゃない、なんてぇことだけです。

もう一寸だけ勉強して辞めます。
意識的に 【辞め】 ないと NG な気がします。

ははははははははははははははははははははははははははははは。

ゆっくり、絶望して逝く………………

 

 

 

 

 

 

 

 

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