愛のない民主主義で育った原発


こんな唄を口ずさんでいたんです………………

宇宙で一番綺麗なままごとを生かさされているのかなぁ………………

60歳定年で、65歳から年金受給だと、5年間の空白を天下りで補う発想になると思うけど、
65歳定年は、一律に行えるほど人類の医学は進化していない気がする………………
「元気」 と思っているのは本人とその周辺だけで、よその幼児を持つ母親からは、爺ちゃん・婆ちゃんにみられるぅ………………
【おっさん】 は、褒め言葉だと思う・僕。

制度は、追い付かないと意味が無いのよぉ………………
70歳からの年金受給なら、定年を70歳にしないと、前回通り炸裂主義 で、また?失敗すると思うよ。
悪い団塊の癖を引き摺っては、駄目よ!

以下、ネグリ本の最後の部分です。ですが、経緯を辿らないとさっぱり解らないと思います。
哲学者の立ち居・振る舞いに欺されてはいけません。
しっかり、自分で経緯を追認致しましょう!
(多少の誤植は、テメエで読み替えて下さい。僕には再読する習慣がございません。)

スピノザ───情動の社会学 pp.162-163

引用ここから>>

結果としてスピノザにおいては、ここまでわれわれが描こうとしてきた一切のものよりさらに先進的なもの、さらに強力な何かがあることになります。
この何かとは、絶対的に唯物論的な意識であり、つまり生政治的な意識であり───これはこんにち根底的なかたちで内在性を表現するために用いられる可能性のある同義語なのです───、社会的なものは政治的なものであり、個体間の関係は諸個別性の働きを通じて直接的に〈共〉の中に取り込まれる、という唯物論的、生政治的意識です。
制度の生産は、その力動的な起源を欲望、欲望の力能に持つものであり、これは〈共〉を構築するために諸個別性を経由することになります。
制度的な関係が常によりいっそう効果的に構築されるとしたらそれは、常によりいっそう充溢していく自己が生産された結果です。
スピノザ的汎神論とは───こんにちもっとも宗教的な哲学者でさえだれもこのことを話さない理由はわかりませんが───愛を共同=〈共〉でいとなむことを通じて真実を生産するなかに、人間のカを再認することです。
民主制とは、愛の行為なのです。
もしスピノザの共同体がこの運動の分析だとしたら、社会学的研究の頂点をなす政治学は〈共〉の集団管理以外ではありえないことになるでしょう。

<<引用ここまで。

視床下部から出てくる脳内ホルモンを放射線は遮断するらしいですよ。
背中を摩り合っても、物理的に不可とされるようですね。
あっと!
自分で調べなさい。外部記憶時代じゃから、どっかに転がっていますよ。
社会性を遮断するには集団的なダンスが一番、カステラ2番、3番アホウで反知性………………
恐い・恐い。

 

 

 

 

 

 

 

 

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