共産主義でもなんでもなくなった日本共産党を破防法とは?笑ってしまった。

大人の対応ばかりしていると、後家さんの世界になり、銭持ちだけが酒池肉林。
叛知性主義????
我が町会でもそうだけど、町会の役員になる人は高齢者ばかり………………
しかも 【大人の対応をする世帯主の男性】 は出てこない。
『大人の対応で』 せめて大衆に寄り添って………………大衆の反乱を幻視するのは、僕は基本的に嫌いなんです。

なぜか?
お人好しの障害者 を上から目線で散々利用して儲けてきた奴らの何を信じろと言うのか?
僕には永遠に解らない。
僕は中核派が障害者もプロレタリアートだと言った瞬間に少しだけあった信用?も無くしてしまった。
障害者はルンペン・プロレタリアートではないのか?
ルンペンプロレタリアートは、政権奪取後の解決課題だと思うわけで、高度に??発達した??見かけだけ??の資本主義では、用無しの役立たずで、お荷物にしか過ぎない…………?

僕を利用して儲けた奴には、『良かったね、素敵に隷属できて』 としか言えない。
そもそも 「障害者の運動」 なんてのは、障害者を障害者と規定する資本主義的な常識の範疇であるような気がする………………それはそれで、泣きながら実行するべき運動で、一歩も引けないものである筈だ。

中学生が自殺しても児童相談所の人から聞こえて来るのは 「言い訳」 ばかりで、
気付かなかったこと?への懺悔の涙も無い。
全ては システム=制度 の問題へ集約しなければ何も出来ない情けなさを感じないのか?
システム=制度 にしておけば、生の人間と向き合う回数が減るから 「楽」 なだけだ。
じつに公務員的発想だと思う。

テレビに出る奴も信じてはいけない。同じ時間で、アナウンサーを含んで年収200万円以下は殆どいない。
年収200万円以上の人がホームレスや障害者や貧困家庭の報道をしても、何も信じてはいけない。
せいぜい、キリスト教的な慈悲を感じておこう………………

議会制民主主義の 「枠」 に集約しているという発想は解るけれど、
それはそれ・これはこれ、と、何故出来ないのか?
反革命だと決めつけるのは実に簡単で安直で、馬鹿馬鹿しい。

僕は少なくとも昔の解放派が日本共産党との 「接点」 が一番多かったように思う。
黒田に巻き込まれていたのは共産同も中核も四トロも同じだったような気がしている。

ははははははははははははははははははははははははははははは。

難しい理論は嫌いだ。
反・感性主義が嫌だ。反知性よりも嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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