女房殿の本

愛と苦悩の手紙 太宰治 亀井勝一郎編 角川文庫

pp.101-104 より>>

九月十九日
千葉県船橋町五日市本宿一九二八より
東京市杉並区清水町二四 井伏鱒二あて

幸福は一夜おくれて来る。
おそろしきは、おだてに乗らぬ男。
飾らぬ女。
雨のちまた。
私の悪いとこは 「現状よりも誇張して悲鳴あげる。」 とある人申しました。
苦悩高いほど尊いなどまちがいと存じます。
私、着飢ることはございましたが、現状の悲惨誇張して、どうのこうの、そんなものじゃないと思います。
プライドのために仕事したことございませぬ。
だれかひとり幸福にしてあげたくて。
私、世の中を、いや、四五の仲間をにぎやかに、はでにするために、しし食ったふりをして、そうして、しし食ったむくい、苛烈のむくい受けています。
食わないししのために。

こんな紙を変えたりなど、こんなこと、必要から私行なったのに、「悲惨をてらう」など実例にされるのではないかしら。
五年、十年後、死後のことも思い、一言意識しながらのいつわり申したことございませぬ。
ドンキホーテ。
ふまれても、けられても、どこかに小さい、ささやかなやせた 「青い鳥」 いると、信じて、どうしても、傷ついた理想、捨てられませぬ。
小説かきたくて、うずうずしていながら、注文ない、およそ信じられぬ現実。
「裏の裏」 などの注文、まさしく慈雨の思い、かいて、幾度となくむだ足、そうして原稿つきかえされた。
ひとひとり、みとめられることの大事業なることを思い、今宵、千万の思い、然して井伏様のお手紙抱いて臥します。
昨夜、私上京中に、わがやどろぼうはいりました。
ぶどう酒一本ぬすんだきりで、それも、そのぶどう酒半分のこして帰ったとか、きょう、どろの足跡、親密の思いでながめています。
十月入院、たいてい確定して医師は二年なら、全快保証するとのこと。
私、その医者の言を信じています。
信じてください。
自殺して、『それくらいのことだったら、なんとかちょっと耳打ちしてくれたら、』という、あの残念のこしたくなく、そのちょっと耳打ちのことば、このごろの私のことばはすべてそのつもりなのでございます。

 

十月四日
千葉県船橋町五日市本宿一九二八より
東京前世田ケ谷区北沢三丁目九三五 今官一あて

きみを、ほめたたえぬ日なし。
不忍池の会*1 のあと、だれとでも、私語交わさず、面接いちども、なかった。
三月間、たった八通しか手紙来ない。
三人三通のたより、あって、まさしく、真珠なのだ。
この三通の手紙は、百千の、取り巻き的、無責任の花辞にまさること、万々、そのうち、一遍は、今君、君のハガキだ。

ぼくを役だたせてください。

十一月末までに、借銭と仕事すこし整理して、それから、満二ヵ年の予定で、サナトリウム生活はじめる。
山上垂訓の、ツアラツストラ気どってまた血を吐いた。
船橋も、あとひとつき。
入院出発の前夜、自殺しそうで、かなわぬ。
その夜、すこしでも、にぎやかにしていただきたく、佐藤先生、井伏先生はじめ、ほんの内輪で、お茶の一夜、私の家で行ないたく、その夜は、奥さん、キリ子ちゃん*2、みな様そろって、キット、来てくれ、奥様へご伝言ください。
『女中みつかりました。女房は東京の知人のもとにあずけて、私ひとり入院することにたいていきまっています。たまに遊んでやってください。女房、いろいろ行李の整理をはじめています。』
君を信じ、敬う、たったひとりの、のこされた、光栄の、硬骨の男。

太宰治

今 官一 学兄

*1 『晩年』出版記念会。
*2 今氏の長女。

<<引用ここまで。

昭和50年にニューオータニで手に入れたもの?らしい?
「す」 と 「し」 が………………しし払いする・僕………………
♪ひろふねのスズメっ子、羽根がねえから、飛べねえ♪
弘前も山と街では言葉のニュアンスが違う?
金木と弘前では違うらしく………………

ははははははははははははははははははははははははははははは。

生きていて?
何か?

 

 

 

 

 

 

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