火葬場の匂いが鼻から抜けない・僕。

一人で、毎回、トイレでゲーゲーやってしまいます。
人を送る制度としては確立?してきたのでしょうが、
僕は、あの油というか、なんというか油脂を焼いたような匂いが堪らなく嫌です。
子供の頃は、良く婆ちゃんに叱られました。
でも、もうすぐ65歳に近いのに未だに NG です。
非鉄屋時代に屎尿処理場の亜鉛パイプの中で、プロパン・バーナーで糞を焼いたような感じです。
それから、
産婦人科の真鍮のシャーレにこびり付いていた肉片を焼いた時の匂いに似ています。
開く器具の血痕をバーナーで焼いた時の匂いに似ています。
マスクをして、鼻にティッシュを詰めたのですが、予想どうり、トイレでゲーゲーです。
人間は生ものです。ご注意下さい。

noma3

たしか?高校生の頃に買った本です。
そこから最初の部分だけ、引用です。

ここから>>

現代にいきる仏教

人間の根元にふかくかかわる思想

わたしは日本仏教のいろいろな宗派に多くの関心をもっています。
かなり前から、ふたたび仏教書をあつめだしたのですが、意外にいまの仏教書はありきたりのものばかりで、明治のころに書かれたような力づよい仏教書はきわめてまれであることを知りました。
むかしのものも東京ではもとめられず、どうしても京都まで出かけていってさがさねばならない。
ほんとうの仏教書を手ぢかにもとめられなくなってしまったということは、仏教が現代生活にあわなくなっている証明にもなるのでしょうか。
わたしがいま日本仏教のなかでいちばん関心があるのは、やはり浄土教、そののちの浄土宗と浄土真宗、それから浄土教からわかれて生まれ出た日蓮宗といった系列です。
とくに平安から鎌倉にかけてこの教えをひろげた人たちの生き方につよくひかれます。
そうした人たちが、もういちど日本に生きないかぎり日本の仏教はばんとうのものにならない、とおもわされるのです。
仏教は日本の思想のなかで、わたしが考えているかぎりでは大衆をとらえた唯一の思想だとおもいます。
外国から日本にはいってきた思想系列は、だいたい五つほどです。
中国からはいってきた儒教、オランダからの蘭学およびヨーロッパの科学───これは医学とか工学その他のもの───それからキリスト教、マルクス主義、そして仏教です。
このうちなにがいちばん日本人のこころをとらえたかといえば、この科学の方はいま別にしてやはり仏教でしょう。
マルクス主義はたくさんの労働者をとらえているが、なお仏教が日本の国民ぜんぶをとらえたほどのひろがりにはなっていない。
このように、なぜ仏教は日本人の魂のすみずみにまでひろがりえたか。
われわれはそのことをもう一度しらべなおす必要があるようです。
仏教もいわば最初は天台というかたちで比叡山の大学の講堂のなかにあって、ぜんぜん大衆のものではなかった。
貴族を中心にした宗教にすぎなかった。
それが国民全体のものになりえたのは、鎌倉期の、法然、親驚、日蓮、道元といった人たちの努力によるといえます。
しかしいまはこういう人たちの仏教の考えかた、その信仰の仕方、あるいはまたその人たちの大衆へのほんとうの接し方が現在も仏教にあるのかどうか。
これをまず調べなければならないとおもうのです。
わたしが京都のお寺をまわってみて、いつも感ずることは、いかに寺院が観光客をお寺にみちびき、お寺を栄えさせるのに腐心する企業体となっているかということです。
もっとも、わたしは、このことをたんに非難めかしていっているのではない。
むしろ、それほど観光客が寺院に出入するきっかけこそは、仏教が大衆に普及するきっかけであるにちがいないと考えるのです。
が、実際には、それはかならずしも仏教が大衆のなかにはいっていくきっかけとはなっていない、という結論を出さざるをえません。
先年、わたしは『わが塔はそこに立つ』という小説を書きました。

ある一人の大学生がいた。
その大学生の家庭は父親と母親が在家仏教徒であったから、小さいときから仏教思想をそそぎこまれ、いずれは在家仏教徒として父親の跡を継ぐように育てられた。
ところが、だんだん大きくなり、学問をするにつれて、仏教にたいする疑いがでてくる。
唯物論的、あるいは無神論的な方向に自分の思想がむかっていく。
それは仏教にある地獄とか極楽とかいう思想そのものに疑いをいだいたことにはじまっている。
そこで思想的には仏教とは反対の方向にむかっていくが、どうしてもむかいきれない。
そしてからだの半分は仏教のなかにとどまっている。
そういう大学生が、鎌倉期において親鸞はいかに生きたか、親鸞の生き方をもう一度仲立ちにして現代に生きることはできないだろうか、と考える。
そして仏教をもう一度現代のなかで考えなおそうとする。

───簡単にいえばこういう作品です。
思想というものは、ひろいこと、ふかいことと同時にその思想がほんとうにおおくの人々のこころをとらえることによってはじめてその価値が証明される。
思想はおおくの人々のこころをとらえ、生きる・死ぬ・愛する・憎むという人間のもっとも根元にあるはたらき、あるいは状況に最深のところから関係するものです。
日本においてこれまでもっともよくそうした価値を証明したのは仏教だといってよいでしょう。

庶民大衆の心のなかに生きた親鸞

では、なぜ仏教が日本人のこころをとらえたのか。
それをわたしは鎌倉期における仏教のなかに探らなければならない、と考えているのです。
鎌倉期というと、貴族から武家政治にうつっていく大きな変動期です。
現代であれば、資本家階級がなくなって労働者階級の時代になる、といったような大きな意味をもっているわけです。
その意味で、いまの日本とじつによく似ているのです。
日本における変動の時期は三回ほどあった。
平安から鎌倉へいく時期と、戦国時代、それから明治維新。
そのなかでも現代といちばんよく似ている時期は、平安から鎌倉期へうつるときです。
そして、その時期に生まれた思想が、いまもなお日本の国民のなかにひろがっているのです。
文学作品でいえば 『平家物語』 とか 『方丈記』 とか 『徒然草』 とかが生まれている時期ですが、当時のインテリゲンチャのなかで、さらにふかい思想をもっていたのは、やはり仏教徒ではなかったかとおもいます。
そのなかでも親鸞という人は、年がすすめばすすむほど思想のふかまっていく人でした。
そういうふかまりは日本人にもたいそうめずらしいものだとわたしは考えます。

<<引用ここまで。

 

この次の章が面白いですけど、著作権違反になります。

本は買いましょうね!

追記:
高校生ではなく、大学生でした。ごめんね。計算が合わなくて!?
西谷修先生とか五木寛之先生が親鸞に至る過程が見えるような気がして………………
西谷修先生の金沢講演の時は、親鸞の話に入る時に退出してしまいました。
庄田常勝氏と一緒に行ったのですが、失礼なことをしたと悔いています。
ごめんね。

てめぇら! それで喰ってるんだろうがッ!

って、常に思ってしまう自分が情けないのです。

 

 

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