デリダの火のような言葉を集めたアメリカの不安

フランスよりもアメリカのアカデミズムは、
「なんとか新自由主義の魂の根拠」
か、どうか?は知らないけれど、
を、身に着けようともがいた形跡があるけれど、
4つの 「デリダのためだけの図書館」 地上4階地下2階だったかな?
今は、どうなっているのだろうか?

「火のような言葉」 を発する人ではなかったらしいけれど、
僕は、「火」 の部分だけが気になって仕方が無いんです。
フランス語のアジテーションは、バラバラになる傾向が見えて、
英語のアジテーションは、母国語で無いので、はっきりしない部分があります。

僕は、スピノザもジルも 「アジテーター」 だと思っています。
マルクスもそんなに眉をしかめて弁証法がどうたら、こうたら論じる対象ではないように考えています。マルクスも 「アジテーター」 だった、と、考えた方が解り易いですよ。
「活動家」 だった人って、思想家とか哲学人【てつがくびと】では無いですよ。

新自由主義に 「哲学」 は無いのです。
僕は、新自由主義は 「健常者の情け容赦のない身勝手」 だと考えています。
魂を否定しなければ、効率は成り立ちません。
ま、
まあ、
1億円以上の負債で自己破産したら、実感できます。

「勝負」 を賭けて、負けるか?勝つか?
勝ったら優雅な老後だけど、その前に死んでしまう。
実感です。

親友を失って、初めて理解できます。

が、
頑張れ!

人類!

かしこ。

 

 

 

 

広告
カテゴリー: 未分類 パーマリンク