階級意識の落差。革共同や共産党では吸い上げられない。

僕は、
常日頃、彼らとの腐れ縁が強いけれど、
決定的な 「差異」 を感じることがしばしばあるんです。
むしろ、
右翼の青年の方がシンパシーを感じることが有ります。

共産党や革共同の 【参加しているだけでなんだか理論的になったような雰囲気】 や、
【同志であるだけで、変態でも許されるような仲間意識】 ってのが、たまらなく嫌いなんです。

僕は、現に、其処で、戦っている瞬間の 彼しか、信じません。
それ以外は、
ただのアホだと思っています。
アホで、エエんです。
朝から晩まで身体中マルキストだったら、タイムマシンで昔に戻った方が懸命です。

なんで?おまえより、僕の方が 「階級意識」 が脆弱だと言いきれるのか?
僕には解りません。
おまえは、僕の人生や理念の何を知っていると言うのだ?

「方針」 なるものよりも、基本的な 「衣食住」 の感じ方が違っているような気がします。
学生時代から、
山谷の炊き出しや、牛のカワハギの手伝いしか、アルバイトがなかった、僕。
「みてくれ」 が全てで、雇って貰えなかったのです。
で、
結局、
我が親父殿は、僕の先行きを心配して、跡継ぎとして非鉄金属回収業をやらせたかったんですぅ。
でもね、
僕のダンディズムが、どうしても許諾の範囲を越えていたのです・
「みてくれ」 の悪い僕が、バッテリー液の侵食でぼろぼろの作業着で、
銅線焼きをしたあとの塩素ガスでボサボサの頭で現れてごらんなさい、まるで、亡霊ですぅ。
原子炉の解体も、デリダや吉本の解体なんかは、インテリのたわごとと思えるほど、過酷でした。
60歳をすぎてから、影響が出始めています。
か、髪の毛が、うすく………………

障害も一つの個性であることは確かで、それを言い切るのは、ごく限られた人だけだと思います。
でもね、
【みてくれの社会性】 ってのは、強烈なんですよ。
現に、
足の悪い女房は、面接で大概OKをもらえますけれど、
僕は、瞬間的にNGですぅ。

ですから、
【主体性の弁証法的弩壺】 のイマージュ化が、【赦しの鍵】 になるのです。
もっと言うと、
固体の死の問題とアジア的自我の磔の脱構築。すけべの 【煙幕】 は、バタイユでええですし、
アメリカン・カルチャーは、モリソンでエエです。コッポラは、愛嬌です。

主体の問題をパラダイム的に転換していって、
現実的な 【みてくれの論理に依存する党派としての独自性の演出】 は、好かんのです。
で、
げ、現代社の革命的止揚を、学生から。と思うわけです。
執行部?
あかん!
あたまが、
もう、硬すぎる。

はっ!
比較的真面目に書かせるのは、今日のテレビが面白くないからで、ベルグソン。

ははははははははははははははははははは。

イマージュ、イマージュ、イマージュの固定化がなければ人類ではないです。

広告
カテゴリー: 未分類 パーマリンク