経営能力とか運とか人徳が…………特に人徳がねぇよ、僕。

この講演と「自伝」と「翻訳」の討議の内容を要約することは訳者の任務ではない。
本文をゆっくりと読まれることだけをお勧めしておきたい。
なぜなら翻訳においてわれわれ訳者の解釈は十分に示されているはずだからである。
ただ、こうした討議の面白さの一つとして、質疑応答の際に発言者が、特にデリダがそれまで明らかにしえなかった事柄が思わず明らかになるという事態が生ずる。
一例として、特に本書のセールスポイントとなる点を挙げれば、すでに流行語と化している「脱構築」(ディコンストラクションとアメリカ風に表記されて本来の文脈からは逸脱して用いられることが多い)という語の由来について、デリダはクロード・レヴェックの質問に答えて、この語がハイデッガーの語 (Destruktion と Abbau) の翻訳であることを初めて明らかにしている。
そしてこの語はテクストに属する二次的な、多くの語のなかの一つであったし、事柄の中心に据えていなかったが、突然テクストの外へ飛び出し、他の人々がそれを横取りし、他の人々が関心を示したためにむしろ困惑の種であったという意味の告白さえしている。
いわば、「脱構築」がデリダのスローガンになってしまった現状では、デリダは本来の文脈での使用法を説明せざるをえなかったのであろう。
特に、技術的操作、否定的操作が問題ではないのだということを強調しておかなければならない。
「建築物がどういうふうに構成されているか、あるいは脱構成されているかを見るために、それを解体すること」という意味でハイデッガーが用いた語の翻訳である以上、われわれ訳者としても本来の使い方に近い訳語を考案せざるをえず、したがってあえて「脱構築」を捨てて、「解体-構築」とした次第である。
デリダによる説明の詳細についてはユジェーヌ・ヴアンス「心の耳」の項を参照していただきたい。

他者の耳
デリダ「ニーチェの耳伝」・自伝・翻訳
CL.レヴェック.C.V.マクドナルド 編
浜名優美.庄田常勝 訳
産業図書 刊 ISBN4-7828-0046-0 C3010 \2200E

訳者あとがき pp.282-283.

から引用ですぅ。
ここまで人は読まないものですぅ………………
僕は、単純にというか、ストレートに、というか、
もう、
そういう風に 「読む」 ことが出来ない年齢に達してしまったんです。
これが実は 【大切な時間軸】 なんですが……
歳を重ねると 「何」 かが蓄積されると思ったら大間違いです。
人徳がないと、歳を重ねて失うものが如何に多いか!?
経験知と論理知は 【差異】 があり、論理知は、時間の経過と共に収奪され続け、【喜捨】 されるものです。

ゴミ?拾い、とか、乞食性に意味がないと言っている訳ではないんだけどなあ……
ゆっくり、
ま、
まあ、
お茶でも飲んで、
ジェネリック・テキトー・趣味・思想、と、テキトー・すっとばし・哲学、しか、僕にはありませんから。
ただ、
読まなくても、「直感」 してしまうんですぅ。
天から降りてくるんですぅ。例のミハイル=見返る?が。

時間軸が螺旋的に回転すると思ったら、大間違い!
とんでもないことになります。
つまり、光束が重力で曲がりえるように時間も曲がるんです。
トランス・フォーマーを観なさい!
マヤの類似文字がアインシュタインを否定し、ッショーペンハウアーになっている。
(=異様に高度な冗句ですが、誰も解らんちゃ。)

ううううううううううううううう。

カント…………大嫌い!メンドイ!
僕は、どっちかと言うと、
プラトニック・唯物論なんですけど?矛盾しますでしょうか?
アーメン、そうめん、冷麦、ざるそば、南無アミ下経♪

感性の無限の!解放を!

捨てられた者に、愛の手を!(=合いの手、でも、嬉しいものですぅ。)
が、
頑張れ、
ホリエモン。
や、痩せて、よかったぁ…………

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