自殺はチンケだね。頑張るな、若造!右翼になるより革命家の方がヲモロイぞ。

経済学・哲学草稿
マルクス
城塚 登・田中吉六 訳
岩波文庫 ISBN4-00-341242-7

pp.93-95.

引用ここから>>

第一草稿

疎外された労働

………………
われわれは、二つの側面から実践的な人間活動の疎外の行為、すなわち労働を考察してきた。
(1)労働者にたいして力をもつ疎遠な対象としての労働の生産物にたいする労働者の関係。
この関係は同時に、彼に敵対的に対立する疎遠な世界としての感性的外界ないし自然的諸対象にたいする関係である。
(2)労働の内部における生産行為にたいする労働の関係。
この関係は、労働者に属していない疎遠な活動としての彼自身の活動にたいする労働者の関係である。
すなわち、〔その活動は〕苦悩としての活動であり、無力としての力であり、去勢としての生殖であり、労働者自身に反逆し彼から独立し彼に属していない活動としての、労働者自身の肉体的および精神的エネルギー、つまり彼の人格的生命──活動(以外)の生命とは、一体なんであろうか──である。
上に〔(1)において〕述べたのが事物の疎外であるのにたいし、これは自己疎外である。
さてわれわれはさらに、これまで述べた二つの規定から、疎外された労働の第三の規定を引きださなければならない。
人間は一つの類的存在である。
というのは、人間は実践的にも理論的にも、彼自身の類をも他の事物の類をも彼の対象にするからであるが、そればかりではなくさらに──そしてそのことは同じ事柄にたいする別の表現にすぎないが──さらにまた、人間は自己自身にたいして、眼前にある生きている類にたいするようにふるまうからであり、彼が自己にたいして、一つの普遍的な、それゆえ自由な存在にたいするようにふるまうからである。
類生活は、人間においても動物においても、物質的にはまずなにより、人間が(動物と同様に)非有機的自然によって生活するということを内容とする。
そして人間が動物よりも普遍的であればあるほど、彼がそれによって生活する非有機的自然の範囲もまた、それだけいっそう普遍的である。
植物、動物、岩石、空気、光などが、あるいは自然科学の諸対象として、あるいは芸術の諸対象として
──人間が享受し消化するためには、まず第一に仕上げを加えなければならないところの、人間の精神的な非有機的自然、精神的な生活手段として──
理論上において人間的意識の一部分を形成するように、それらは実践上においてもまた、人間的生活や人間的活動の一部分を形成する。
これらの自然生産物が、食料、燃料、衣服、住居などのいずれのかたちで現われるにせよ、とにかく人間は物質的にはこれらの自然生産物によってのみ生活する。
人間の普遍性は、実践的にはまさに、自然が
(1)直接的な生活手段である限りにおいて、また自然が
人間の生命活動の素材と対象と道具であるその範囲において、全自然を彼の非有機的肉体とするという普遍性のなかに現われる。
自然、すなわち、それ自体が人間の肉体でない限りでの自然は、人間の非有機的身体である。
人間が自然によって生きるということは、すなわち、自然は、人間が死なないためには、それとの不断の〔交流〕過程のなかにとどまらねばならないところの、人間の身体であるということなのである。
人間の肉体的および精神的生活が自然と連関しているということは、自然が自然自身と連関していること以外のなにごとをも意味しはしない。
というのは、人間は自然の一部だからである。
疎外された労働は人間から、
(1)自然を疎外し、
(2)自己自身を、人間に特有の活動的機能を、
人間の生命活動を、疎外することによって、それは人間から類を疎外する。
すなわち、それは人間にとって類生活を、個人生活の手段とならせるのである。
第一に疎外された労働は、類生活と個人生活とを疎外〔たがいに疎遠なものに〕し、
第二にそれは、抽象のなかにある個人生活を、同様に抽象化され疎外されたかたちでの類生活の目的とならせるのだ。
なぜかといえば、
第一に、人間にとって、労働、生命活動、生産的生活そのものが、たんに欲求を、肉体的生存を保持しようとする欲求を、みたすための手段としてのみ現われるからである。
しかし〔真実のところをいえば〕、生産的生活は類生活である。
それは生活をつくりだす生活である。
生命活動の様式のうちには、一種属〔species〕の全性格が、その類的性格が横たわっている。そして自由な意識的活動が、人間の類的性格である。
ところがこの生活そのものが、もっぱら生活手段としてだけ現われるのである。

<<引用ここまで。

だれそれの訳があまり意味の無い箇所です。
電子テキストにしないと、〔〕 なんかを外して一通り 「読む」 のが、メンドーです。
伝えたいことは、
伝わり易い形式にしましょう!

死ぬな!若造!
右翼になるな。

追記:
間違いに、僕が、主体的に、気付いたら、なおします。
あくまでも 「主体的に」 です。
ご指摘は必要ないです。

感性の無限の解放を!
ははは。
忘れていた。

どーです?
僕を 「除名」=疎外しておいて、良かったでしょ!?
こんな馬鹿なことするのは、僕だけ?でしょ?

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