どうしようもないものには、蓋をして、ここらでハイデガーが出てくるんですぅ。考えたら、解ります。考えたらですけど………

何も考えずに過ごせたら、どれほど身体に優しいことでしょうか?
とっても素敵な切り口かな?
解りやすい、のが、前提であるのが、「解題」 でしょう。
僕は、
電子化されたものの<意味>を考えている訳でして………
ここで、そう 「読む」 のと、(発光色で、編集者や訳者の意図を無視して)
「本」 (反射インキで、光を吸い込まれながら)
を読むのとでは、情報そのものが違うのです。
(活版とオフセットでは、オフセットの方が長時間読書をすると疲れます。)
今の若者に、端末で、僕(ら)の時代ほど、本を読め!なんつうのは、
隷属の強化を推進している、反革命です。

著作権を気にしながら、その壁を破らないと、エクリチュールはシュールになりません。
デリダ(達) が、恐れていた現実を実現していく最後のお人よしが、
僕です。

なんの悪意も、金銭的な欲得もありません。だって、
そうじゃないと、
「まぼろしの現代版スピノザ」 は、実践できないでしょうがッ!
吉本のリナックス化、反対!

Gilles DELEUZE
ジル・ドゥルーズ
平井啓之 訳・解題

差異について

Henri Bergson
Différence et Différenciation

青土社

訳者 解題より pp.133-147.

引用ここから>>

さて、筆者が訳出したジル・ドゥルーズの『ベルクソンにおける差異の概念』は、一九五六年発刊の『ベルクソン研究』(レ・ゼチュード・ベルクソニエタ)第四集に発表された。
メルローの二つのベルクソン項のちょうど中間の時点で書かれたこの文章は、その後の三十数年のフランス現代思想界の変遷を考えると、その内容の点で、おそらく今後、その思想史的な比重をいちぢるしく増すのではないだろうか。

はじめに触れた、戦後思想のオピニオン・リーダーとしてのサルトルの役割は、ちょうどドゥルーズのこの論文の書かれた一九五〇年代の半ばあたりから、すでに明らかに翳りはじめたが、その後、今日まで、ヌーヴォー・ロマン、ヌーヴェル・クリチック、構造主義テキスト理論、ラカニスム、etc……と「さまざまな意匠」を目まぐるしく変転させながら、文学的、思想的ディスクールは、ポスト・モダニスムという安易な言葉で過渡期の混迷を蔽うより外ないかのようである。
サルトル以後、最も著名であった二人の文学者ロラン・バルトもミッシェル・フーコーもすでにない。
わずかに、あるときフーコーが 「残るのはドゥルーズだけかも知れない」 と言ったそのジル・ドゥルーズと、アルジェから攻め上った戦略家、デリダ、だけがその生産性を失わない。
だが私は敢えて言うのだが、過去二世紀ちかいフランス思想・文芸の、さまざまな変転をも貰ぬいて、最も今日的な問題性にも対応できる思惟の生成の潜流のようなものがあって、ジル・ドゥルーズは、その潜流の生産性について、今日、最も自覚的な思索家のようにみえる。

若冠三十歳のドゥルーズは、『ベルクソンにおける差異の概念』を

「差異の概念はベルクソンの哲学に或る光を投げかけるはずであるが、逆にベルクソン哲学は差異の哲学に最大の寄与をもたらすはずである。」

という決定的な言葉ではじめる。何ゆえ決定的であるのか。それはその後の三十数年のフランス哲学のさまざまな趨勢をつらぬいて、〈差異〉という言葉は、最も重要なキー・ワードである、と私が言いきっても、さして異議は出るまいと考えるからである。

ここでは、レオナルドという史上の一天才の名に仮託して語られる人間精神の能力の化身が、まず、「事物の差異に関して無限に鋭敏な感覚を備え」るものとして設定されているが、この〈差異〉とは何か。
若年のヴァレリーが夢見た精神の能力の化身は、引用文の後段にみられるように、〈差異)についての感覚と共に、「存在するものの混乱のなかに含まれるいかなるものも、小灌木一本たりとも忘れぬこと」をも要請されている。
前段の(事物の差異)と後段のこの記述とは、別のことではないであろう。一本の小灌木を個物として成立たせるものは、その個物の質である。しかし〈差異〉とは関係の用語であり、この文脈のなかでその関係とは、個物相互の質の関係に外ならない。

ベルクソンが〈質〉の哲学者であることは、久しい以前からの世の通念であったが、個物における〈質〉が、じつは、関係においては〈差異〉に外ならないことから、ベルクリンが徹底した〈差異〉の哲学者であることを論証したのは、ドゥルーズの読みの卓抜さである。

ドゥルーズは、一九六四年に、個別研究(モノグラフィ)として『ベルクソニスム』を世に出すが、わずか百二十ページのポケット版のこの書物は、それ自体が在来のベルクソン学者たちが書きためたおびただしいベルクソン論を一頭抜んでた清新なベルクソン哲学の全体像を提出していて、秀れた仕事である。
けれども、そのモノグラフィーに先立つこと約十年、ほとんどジル・ドゥルーズの哲学徒としての処女作とも言うべき時期に書かれたこの小論文は、ベルクソン哲学の新しい読みという点で、はるかに徹底的なものである。
それは前にも触れた通り、この論文が独創的なベルクソンの読みであると同時に、サルトル以後のフランス思想界の中心的な主題である〈差異〉の問題の、きわめて早い、しかもラディカルな提出として読まれるからである。
例えば、ここでベルクソンに即して語られている、「自己との間に差異を生ずるもの」としての、流れる内的時間、持続の本質にかかわる Différenciation〔差異化・分化〕は、はるか後にデリダが自分の思惟の中心にすえるあの難解な différance〔差延〕の原型ではないかと考えられる。当代の最も多産で問題性に富んだ二人の哲学者の関係を考える上にも、このドゥルーズの小論文は必読のものである。
ドゥルーズとデリダとの関係は、精緻な論証の手続きを要することは言うまでもなく、もちろん私の小文の射程の外のことであるが、少くとも、デリダの思想の最重要のキー・ワードである〈差延〉の背後に、ベルクソンの持続の影が見え透くことは、ここ数年来の私の確信である。
ここでは、私の考えを支えるために、J・カラーの労作『ディコンストラクション』の一部を援用しよう。J・カラーはまず「飛ぶ矢は動かず」という例のエレア学派のゼノンの詭弁を取上げて、次のように言う。

「これはゼノンのパラドックスのひとつであり、運動の不可能性を示しているということになっている。しかし、これがもっとはっきりと示しているのは、現前性に根拠をおくシステムの問題点である。われわれは実在をある所与の瞬間に現前するものと考える。今という一瞬は単純で、それ以上分割できない絶対性を有しているようにみえるからだ。過去とはすぎさった現在、未来とはこれからくる現在だが、現在という瞬間はただ単にある、それは自律した所与であると考える。ところが、現在という瞬間は、実はそれが純粋で自律的な所与でないからこそ根拠たりうるのだということがわかるのである。運動が現前するためには、現前性はあらかじめ差異と遅延とによって刻印されていなければならない。デリダは言う、われわれは

「差延〔すなわち差異・差異化・遅延〕としでの時間から出発して、それとの関係で現在を考えなければならない」(『グラマトロジーについて』)。

現前性そして現在という概念は派生的なものであり、諸々の差異の効果なのである。

「われわれは現前性を存在の絶対的なマトリックスとしてではなくむしろ〈個別化〉、〈効果〉として規定するようになる。それはあるシステムの内部でうける規定であり、その効果である。しかもこのシステムは、差延のシステムであり、現前性のシステムではない。」(『余白』)

敢えてJ・カラーの著書からの長文の引用をした理由は、彼が、「現前性に根拠をおくシステムの問題」〔これはまさにデリダが持って廻った言い方で、彼特有の文体化をこころみる〈差延〉の問題である〕を、ゼノンのパラドックスの中に見てとっているからである。このカラーの指摘は直ちに、例えば次のベルクソンの言葉を思わせないだろうか。

……われわれの知性がそれを表象するような運動と変化、に内在する諸矛盾を、エレアのゼノンが示してみせたまさにその日から、形而上学ははじまるのだ。

ゼノンの詭弁が、ベルクソンにとって、彼の独創的な思索のための啓示的な端緒となったことは有名であり、それは、二十代半ばの青年哲学教師として、クレルモン=フェランのプレーズ・パスカル高校で教鞭をとっていたとき、いわば彼の哲学者としての生涯の出来事とでもいうような形で起ったと伝えられている。
ベルクソニヤンであり、秀れた文芸評論家であったシャルル・デュ・ボスの日記には、そのことについて、ベルクソンの語った言葉がそのまま記載されている。

「ある日、私は黒板に向かってエレア学派のゼノンの詭弁を生徒たちに説明していたとき、私にはどんな方向に探求をなすべきかがいっそうはっきりと見えはじめた。デゼイマール〔パスカル高校でのベルクソンの教え子。〕が語ったことの真相は結局、これだけのことだ」

と。このとき見えはじめた探求の方向とは、純粋持続の直観的把握の必然であったであろうことは言うまでもあるまい。同じく上記の、デュ・ボスへの談話のなかには、ベルクソンは次のような言葉をのこしてもいる、

「…持続についてのこうした観念が私にはじめて到来したとき、私は幕(とばり)がおちるためにはそれを言表すれば十分だと思いこんでいたし、この問題に関しては、人間はそのことを告げられることだけが必要なのだと信じていた。その後、私は事情は大いに別な風にすすむことに気がついたのだ。」

しかし短時間のうちに青年哲学者を把えたこの形而上学的覚醒は、理解されるためには「そのことを告げられることだけが必要」という風には事は運ばなかった。
持続の直観がもつ、きわめて純粋・端的な真理性を、ベルクソン自身にとっても納得のゆくようなディスクールとして首尾をととのえるためには、少くとも『意識の直接与件』(一八八九)『物質と記憶』(一八九六)『創造的進化』(一九〇六)の三冊の主著が必要であった。
そして時を隔てて書かれた、彼の立場からする価値論ともいうべき第四の主著『道徳と宗教の二源泉』一九三二)も含めて、その主著の凡てにはゼノンの詭弁がその立論の要のところに織り込まれている。
ところで、上に引用したJ・カラーの語る、デリダの〈差延〉とゼノンのパラドックスとの緊密な関係は、よく納得のゆく指摘であり記述である。すると、複雑に、難解に、デリダの才筆によって文体化される〈差延〉の思想も、ベルクソンが、時には卓抜な比喩によって読者の直観にその全体像を納得させ、時には複雑きわまる記述〔『物質と記憶』〕によってその構造を明かす努力を傾けた、持続と無縁ではなさそうである。
私はデリダについての知識に薄いが、〈差延〉の内実が、ベルクソンのディスクールのなかでは、きわめて明快な、言語についての『創造的進化』の次の作りに、基本的にはすでに含まれていた、といえば、デリダの文体こそ彼の思惟の本質だとする、彼の信奉者の怒りを買うであろうか。

ベルクソンはそこで、われわれの駆使する言語が、彼が考える持続の真実を伝えるのに如何に不適当であるかを説いて、次のように述べている。断っておくが、この件りは、やはり、ゼノンの詭弁についての数ページにわたる諭索の後に、それとの関わりのなかで述べられている。

ベルクソンは、私たちが「子供が大人になる」というとき、この言表の字義通りの意味を詮索してみると、多くの問題が生じてくるという。〈子供〉という主語をたでるとき、〈大人〉という属辞はそれに相応していないことがわかるべきだし、〈大人〉という属辞を口に発するとき、それはもはや〈子供〉という主語にあてはまらぬことがわかるはずだ。何故なら、現実とは、少年期から青年期への移り行きそれ自体であるのに、この移り行きの現実は、かかる表現ではわれわれの指の間を洩れてしまうのだ。われわれは〈子供〉と〈大人〉という想像上の、じつはありもしない停止期をもつのみで、ちょうど、ゼノンの矢が、この哲学者にしたがえば、そのえがく軌跡の各点において不動であるとひとしく、かかる言表では、これら空想上の停止期の一つが、他のそれと同一であることをいうに略々おなじなのである。真理は、もしも言語が現実の上に正確に倣って用いられるなら、われわれは「子供が大人になる」”L’enfant devient l’homme.” と言わないで、「子供から大人への移り行きがある」”Il y a devnir de l’enfant à l’homme.” というべきである、と説く。

ベルクノンは、さらに、第一の表現においては、〈子供〉 l’enfant という、現実にはあり得ない想像上の停止期が主語となっているが、第二の表現では〈移り行き〉devenir という動態自体が正面へ押し出され、第一義の役割をになっているから、現実に即している、と述べる。
ここには流動と変化こそ実相であるとする生の哲学者ベルクソンの確信があざやかに語られている。
しかし、見られるごとく、日常の言語は、つねに、流動、すなわち生そのものの表現としては不適当であり、動的なものを静的に、分割不可能なものを細分化することによって、悪意的な明断判明をよろこぶものなのであるそして、言語の問題とゼノンの詭弁をめぐる問題とが不可分の関係にあることを、ベルクソンは上に引用の件りばかりでなく、その主著の各所で繰り返して述べている。

デリダの<書差学>(グラマトロジー)のキー・ワードが〈差延〉であることは、誰しも異議のないところであろうが、エクリチュールとパロールについてのこだわりがデリダにとっては重要であることを認めた上で、しかも私には、その内実の主要な部分は、上記の、きわめて明快な〈移り行き〉、〈生成〉と言語との関係についてのベルクソンの言表にほとんどすべて含まれている、と考えるのだが、いかがなものだろうか。

<<引用ここまで。

本は買いましょう!
ハイデガーに行きたいんだけど、
スピノザ本と、キルケゴール本を借りてきてしまったから、また、いずれかの機会に何かをのっけよう!
「行為」 の正当性について、哲学したまえ。

広告
カテゴリー: 未分類 パーマリンク