昭和8年以前の雰囲気を出す、僕。きゃわイイッ!

岩波文庫
945-946
人間不平等起源論
ルソー 著
本田喜代治 訳

引用>>

『親愛なる同市民諸君、或ひは寧ろ兄弟諸君、血縁並びに法律が殆んどわれわれすべてを結び合せてをるのであるから、私が諸君のことを思ふ時・同時に諸君の享受してゐるすべての利益のことをも思はないではゐられないといふことは愉快である、そしてそれらの利益の値打を恐らくは諸君の中の何人と雖もあたくし以上には

──それをなくしてしまつてゐるわたくし以上には──

感じないでせう。わたくしは諸君の政治的及び民事的の状態を反省すればするほど愈ゝ益ゝ人間的事物の性質がこれ以上の状態を許容し得ようとは思へなくなるのです。他のすべての政府に於ては、国家の最大の利益を保障することが問題になるやうな場合、すべてはただ頭の中での考案

──せいぜいのところ單なる可能性──

に限られるのが常です。ところが諸君にとつては、諸君の幸福はちやんと出来上つてゐるのです、諸君は完全に幸福となるためには幸福であることに満足し得さへすればもうそれでよいのです。腕づくで取りまた取り戻しそして武男と智慧とによつて二世紀間保存された諸君の主權は完全に且つ一般に認められてゐる。立派な條約が諸君の境界を定め、諸君の權利を確保し、そして諸君の安息を保護してゐる。諸君の憲法は見事です、最高の理性によって導かれ、威あって猛からざる力によって保障されてゐる。諸君の国家は静穏です。諸君はいかなる戦争をも征眼者をも恐れるには及ばない。諸君は自分で作った賢明な法律

──諸君の選擇にかゝる申分のない法官によつて司られる法律──

のほかには何等の主人をもたない。諸君は文弱のために衰へたり逸樂に耽って真の幸福や堅固な徳の趣味を失ったりするほどには富んでもゐないし、また諸君の産業が諸君に與へてゐる以上にひとの援助を必要とするほどには貧しくもない。そして、この貴重な自由

──大なる國民の許では無法な課税によってでなければ維持されない自由──

も諸君に封しては大切な物を殆んど何一つ失はしめないのです。

『希はくは、その市民の幸福のためまた諸国民の模範として、かくも聴明にかくも好都合に構成された一共和國が永續せんことを!これすなはち今後諸君のなすべき唯一の所願であり諸君に残されてゐる唯一の懸念である。諸君の幸福を作ることについては諸君の父租が諸君のためにその労を惜まなかったのであるから、爾後これを善用する慧智によってこれを永續せしめることこれこそはただ諸君の仕事である。諸君の恒久的結合と法律への服従と法官に封する尊敬と、これらの事柄にこそ諸君の身の保存は繋ってゐるのです。萬が一諸君の間に少しでも猜みや気まづさの芽が残つてゐるなら急いでそれを壊してしまひなさい、それこそはやがて諸君の不幸と國家の破滅とを惹き起す面白からぬ酵母なのだから。わたくしは全諸君が銘々の心の奥底に歸つて諸君の良心の秘密な聾に諮られむことを切望する。この世の中に諸君の國の法曹團よりももつと申し分のない・立派な・尊敬さるべき團體を識ってゐる者が諸君のうちに誰かありますか?

法曹團の方々は皆・中庸の徳と風俗の質素と法律に封する尊敬と最も真摯な調停との模範を諸君に示されてはゐないだらうか?だからさういふ賢明な長官達に對しては遠慮なく理性が徳に負うてゐる・あの偉い信頼をお繋けなさい、そして、彼等は諸君が選ぶのでありそれを彼等が是認する のだといふこと・諸君が堂々と擁立した人々によって攫られる名譽は必らず諸君自身の上に歸つて来るものだといふことを思ひなさい。諸君の中には・法の効力とその擁護者の権力とが停止するところに何人に對する安寧も自由もあり得ないといふことを知らないほど分らない人間は一人もあるまい。それゆゑ、諸君が常に真の利害關係と義務と理性とによつてしなければならないことを喜んでやり正しい信念をもってするといふやうなことが諸君の問で問題にならうなどとは思はれない。

國憲の維持を閑却することは厭ふべき罪悪であるから、諸君がさういふことのために諸君の中で一番頭の進んだそして一番熱心な人々の賢明な意見を必要な場合に無視するといふやうなことの決してないやう、さうして、衡平と中庸と最も尊敬すべき堅實さとが、諸君に於て、どこまでも諸君の行動を裁定して行き、そして自己の光榮と同様に自己の自由をも愛惜する・誇らしくも亦謙遜な國民の模範を全宇宙に示すやう、私は祈るものである。 殊に、そしてこれが私の最後の忠告なのですが、屢ゝそれの目的である行為よりももつと危険な動機を匿してゐる隠險な講釋や悪辣な説教に決して耳傾けないやう用心しなさい。泥棒の近づく時にだけしか吠えない善良忠實な番犬の啼聲を聞けば忽ちにして家人は皆醒めそして身柄へをする、しかし始終人々の安息を擾し不断の・場達ひの注進のためそれが必要である時にすら聞いてもらへない・あの騒々しい動物共のうるささを人は憎みます。』

さて、英邁なる諸卿足下、立派な尊敬すべき・自由國民の法官である皆様、わたくしが特別に自分としての讃辞と義務とを捧げることをお許し下さい。若しも世の中にそれに卽く人達を傑出させるに好適な地位がありますならば、それは疑ひもなく才能と徳との與へるそれであり、諸相がこれにふさはしいものとなられた・そして諸卿の同市民達が諸卿をそこへ降せたその地位であります。彼等自身の價値が諸卿の價値にもう一つ新しい光彩を添へてゐます。諸細は他人を治めるだけの力のある人々によって彼等が自らを治めんがために選ばれてゐられるのでありますから、 私は、一自由國民が・殊に諸卿が指導するの光柴をもつてゐられる国民がその明知とその理性と によつて他國の民衆に抜ん出てゐますだけにより一層、諸卿を他の法官達よりも傑れてゐるもの と存じます。

ここに一つの實例を

──それの最良の跡形は後までも残るに相違なくまたそれは常に私のこゝろの中に存在してゐるでありませうが──

それを引用することをお許し下さい。あたくしは一人の有徳な市民のことを

──その人から私がこの世の生を受けてをり、そして屢ゝ諸卿の尊厳すべきを子供時代の私に話してくれた一市民のことを──

實に甘美なる情緒なくしては想ひ起すことがかつてありません。彼が自分の手で働いて生活しそして最も氣高い真理でその魂を養つてゐる姿が今でも目に見えるやうであります。彼の前にはその仕事道具とごっちゃになってタキトゥス Tacite やプルタルコス Plutarque やグロティウス Grotius が見られます。彼の側には一人のいとしい息子が代々の父の中でも最も勝れた父から優しい教育を受けながら大した効果もよう擧げないでゐるのが見られます。しかし、一時は愚かな青年期の迷ひがかくも賢明な教訓をわたくしに忘れさせはしましたけれども、今や私は、どんなに人が悪徳の傾向をもつてはゐても・こころと相交はる教育が永久に無駄になることは困難だ、といふことを経験するの幸福をもつてゐるものであリます。

英邁なる諸卿足下、諸卿の治められる国家に生れる市民達は否單なる住民でもが皆かやうな工合であります。これらは皆教養のある識者なのでありますが、それが他の国民の間では労働者とか下層民とかの名の下にあのやうに卑しい誤った観念をもたれてゐるのであります。わたくしの父は、私はそれを喜んで白状しますが、その同市民達に較べて特別えらくはありませんでした、彼はみんなと同じであり、ありの儘の彼でありました、最も善良な人達が彼との交はりを索めないやうな國はありませんし交はればそれだけの効果があつたでありませう。彼はわたくしのものではありません、そして、有難いことに、かういふたちの人間が諸卿から敬意を期待してもよいといふことを諸卿にお話する必要はござゐません、彼等は教育並びに自然の・生得の權利については諸卿と比肩し得るのであり、ただその意志によって諸卿の下風に立つものであります、すなはち彼等は諸卿の價値を認めてこれを尊重したわけでありますからこれに封しては諸卿も亦一種の感謝をなされなければならないのであります。

わたくしは、諸卿がいかに温情と寛仁とを似て法の執行者に相應なる厳格さを彼等に對し和らげてゐられるか、また彼等が諸卿に服従し諸卿を尊敬しなければならぬのに對し諸卿がいかにこれを評價し注意してゐられるか、を知りまして非常な浦足を覚えるものであります。これこそは、今後再び見ざらむがために忘れてしまはなければならぬ不幸な出来事の記憶をだんだんに遠ざけるのにふさはしい・正義と慧智とに満ちた行為で、あり、また、この衡平にして寛大な國民がその義務を以て己れの快楽となし、諸卿を尊敬することを當然のこととして好み、そして自分の権利を主張するに最も急なる人々が一番諸卿の權利を尊重するといふ風にできてゐるのであつて見ますれば、益ゝ以てこれは正しい行為であります。

市民社會の長官達がその社會の光榮と幸福とを愛することは何等恠しむに足りません、しかし、法官として或ひは寧ろより聖なるより崇高なる故國の主人として自任する人達が自分達を養ってゐる故國の士に幾らかでも愛着することは人々の安寧といふ點からは餘りに行き過ぎであると思ひます。

わたくしは、全く特別のおなさけを蒙りまして、法律の許した聖なる教義を寄託された熱心な方々をわれわれの最も善き市民の列に送ることができますのを誠に嬉しく存じます、この方々は貴ぶべき靈の牧者でありまして、その生々とした優しい雄辯は、彼等がいつも先づ自らこれを實行されますので、それだけに一層よく福音書の格言を人々の心に刻みつけるわけであります。偉大なる説教術がヂェネヴでいかに成功を以て涵養されてゐるかは何人もが知つてゐるところであります。しかし、或るやり方で言ひ他のやり方で行ふのを見るに慣れ過ぎて、多くの人々は、キリスト教の精神が、風俗の神聖さが、己れに對して嚴他に對して綬なる精神が、どの位までわれわれの牧師團を交配してゐるかよく知りません。神學者と文人の社會の問に存するかくも完全な一致の有益な模範を元すことは恐ちくはヂェネヴ市のみがこれを能くするところであります。

わたくしが市の永遠の安泰の希望を繋けてをりますのは、大部分、人も認めてゐる彼等の智慧と彼等の節度にであり、國家の繁栄に對する彼等の熱心にであります。なほわたくしは、歴史が一度ならずその實例を提供してゐますところのあの神聖にして野蠻な人々の惨らしい訓言を彼等がどんなに恐れるかを驚駭と尊敬との入り混つた歡びを以て注意いたします、この人々は、謂ふところの神の權利言ひ換れば彼等の利益を支持するために、人間の血に對しさほど貪慾ではありませんでしたけれども、それは實は自分達の血がいつも尊重されることに私かな自惚をもつてゐたからであります。

わたくしは共和國のあの貴重な年分を

──他の半分をして幸福ならしめそして優しさと賢しさとで國の平和と良俗とを維持してゐるあの半分を──

忘れてなりませうか?愛らしく淑やかな市民諸姉、あなた方女性の天職は常にわわれ男性を統御することでありませう。夫婦関係に試てのみ行使される諸姉の貞潔なる權力がただ國家の光榮と公の幸福とのために發動する時は幸ひなる哉!かやうにスパルタに於ては婦人が命令しました、そしてかやうにヂェネヴに於ては諸姉が命令する資格があります。優しい配偶者の口から出る滎譽と理性の聲にどんな野蠻な男が反抗し得るでせう?丁度似つかはしい彩りを以て美を増すに一番良ささうな・諸姉の質素なおとなしい装飾を見て誰がつまらない贅澤を輕蔑しないでせう?諸姉の愛らしい無邪気な支配により、また諸姉の細やかな気質によって、國内には法律への愛好を・市民間には和合を常に維持すること、また、幸福な結婚によって分れてゐる家族を結び合せ、殊に諸姉の教訓の力強い優しさによりまた諸姉の談話のつましい風情によって・わが青年達が兎角他國で陥り易い不行跡を匡正すること、これが諸姉の任務であります、彼等青年は、利用しようと思へばできる・あんなに多くの有用な事物の代りに、淪落の女の間で覺えた子供臭い調子と變な容子で以て、何か知ら所謂偉大なものへの驚嘆と卑屈に對する些少の償ひとだけを持って歸って來ますが、そんなものは嚴かな自由にとって何の役にも立ちません。そこで諸姉はいつまでも現在あるとほりに貞潔なる風俗の守護者・優しき平和の結び紐であつて下さい、そしてあらゆる場合に義務と德行とのためどこまでも心情と自然との權利の價値を増進させて下さい。

そのやうな保障を基礎としてわたくしは市民に共通の幸福と共和國の名譽とに關し希望を抱いてをるのでありますがそれが何かの出來事によつて裏切られるやうなことはないと私かに思ってをります。かやうに数々の美點はもつてゐましてもわが共和國が大多数の人の眼を眩ますあのけばけばしさに輝くやうなことはないと確信します、さういふけばけばしく子供らしい・いやな趣味は幸福と自由との最も重大な敵でありますから。だらしのない青年共はどこかほかへ行って安價な快樂と長い後悔とを索めるがよろしい、自稱趣味の人は他の處で宮殿の偉大や車馬の美や家具の装飾や興行物の華麗やその他あらゆる文弱と贅澤との巧みを驚嘆するがよろしい。ヂェネヴには男らしい人間だけしか見當らないでありませう。しかしながらさういふ光景にはそれとしての十分の値打があります、さういふものを索める人々は十分に餘他のものをも嘆賞するに足る人人であります。

どうか、英邁にして至高なる諸卿足下、皆様が同じ御親切を賜ひまして、諸卿の共通の繁榮から私の頂きます利益のこの貴ぶべき證左をお納め下さいまし。もしも不幸にしてこのはげしい真情の吐露に際し何か無遠慮な感激のためお氣に障つたやうなことでもありましたなら、真の愛國者としての優しい情に免じて、また、諸卿がすべて幸福でゐられるのを見るといふ幸福以上に大 きな幸福を自分のために希はない人間の熱烈にして正統な心に免じて、お容し下さいますやうお願ひ申し上げます。最も深き尊敬をもちまして、

英邁にして至高なる諸卿足下、

諸卿の下賤にして至順なる 奴僕且つ同市民、

ジャン・ジャク・ルソー拜。 ジャンベリにて、一七五四年六月一二日。

<<引用ここまで。

誰が買った本か?
解らない!?
それらしい?雰囲気は出てるでしょ?昭和初期的な、大正ロマンちっく、な。
現在の 「檄文」 みたいな、献上書ですね。

僕は、西洋より日本の方が概念の縛りが小さくて済んでいるような気がします。
だってさ、唯一神の不可思議な馬鹿笑い、なんてえ、日本にゃないもの。
無理に西洋化するから、党派闘争になるんじゃない??
ロゴスの存在を否定する気も無いし、追及する氣もない、僕。

哲学で遊ぼう!匿名の喜び。
何かのグループは、僕みたいなのが 「氾濫」 することを想像して、それで危惧していた形跡がありますぅ。
其の前に資本の論理で、雁字搦めですね。
別名=卍固め21世紀版と言います。

上本町・阿倍野 という青の濃い目の小さいシールが貼ってある。
昭和8年10月10日 発行 定価40銭

はははははははははははははははははは。

その時代、赤いボールペンは、無かった?かな?
エ、
エクリチュール・シュール♪ ですぅ。

時代を遡ったほうが、素敵な 「訳」 だったりして………
秋の日のヴィオロンの溜息の身に滲みてひたぶるにうら悲し、だっけ?
あなたの燃える手で、だっけ?

なんちゅうか? 「情緒」 が豊富ちゅうか?
懐にゆとりがある? ちゅうか?

主体の変容は、情緒の不安定により、幅寄せを実践し、
なかんずく、
とりわけ、
で、あるところの、
けだし、
嗚呼!下品。

 

 

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