これは僕が買った本です。遺品ではありません。

より、引用 ↓ 。

 あれほどあなたから「書いてほしくない」「そっとしておいてほしい」と要請されながら、その心情は私にも痛いほどわかるといいながら、なぜ私はあえて書くことを選んでしまったのか。誤解を恐れずにいえば、まさにその 「書いてほしくない」「そっとしておいてほしい」ところこそが、私に書くことを迫ったのです。その点だけは、包み隠さず、ここではっきりさせておきます。
 といっても、もちろんこれは、ここでかりにあなたのお言葉を使わせていただいただけであって、あなたのお言葉に触発されてのことではありません。その点は誤解なさらないでください。と同時にまた、最初からそのことを意図して三勇士にとり組もうとしたわけでもありません。いまから考えればまことに慙愧にたえませんが、福岡市で発行されている『夕刊フクニチ』新聞の 「ノンフィクション・シリーズ」の短い連載読物の依頼を受けるが受けるまで、私は三勇士のことなど、一度として書こうと思ったことはありませんでした。にもかかわらずこの時にかぎって、どうしてひょっこりと三勇士の名が私の頭に浮かんだのか、われながら不思議な気がしてなりません。あるいは、幼年時代から北九州で育った私の脳裏に軍神爆弾三勇士の記憶が焼きついていたこと、その勇士の一人が炭鉱労働者であったことなど、三勇士についてのもろもろの印象の断片が、たまたま私が連載を受けもつことになった一九六九年の七・八月という、七〇年安保を目前にひかえた敗戦の月と重なりあって、にわかにある形をとったのかもしれません。
 ふりかえってみれば、九州は古き神話のふるさと、神々のふるさとであると同時に、二〇世紀日本神話のふるさと、軍神のふるさとであります。日露戦争の広瀬中佐、橘中佐から日米戦争の火ぶたを切った真珠湾攻撃の古野、横山両少佐に至るまで、あまたの軍神がこの九州島から生まれており、その数は全国でもっとも多いといわれています。その理由について、さまざまな解釈がおこなわれていますが、なんといってもこの九州が、明治以来もっとも長期間にわたって軍国日本の主戦場であった中国大陸と至近距離にあるという地理的条件を見落すことはできません。戦乱のたびにまず九州軍が応急動員され、敵正面に投入されてきました。上海事変における久留米混成第二四旅団の運命も、むろんその例外ではありません。それだけに戦死傷者の数も圧倒的に多数を占めています。「向う見ずで熱しやすい」といわれる九州健児の血が、さらでだに犠牲を多くしがちであったという一面は、否足しがたい事実であるかもしれませんが。

↑ 引用ここまで。

あ、
さて、
僕が何を始めるか?
理解できたあなたは偉い!天才じゃないけ?!
ゆっくり、
重くもない口を開くかな?
なんせ、グローバル・プライバシーの時代です。何事もグローバルじゃないと効率的ではありません。

親が子を捨てる。
捨てられた子は障者である。
法律に責任がある。
周りの親せきや親の兄弟にももちろん 「大人」 としての責任がある。
社会はおろか、存在の不条理にも及ぶ。
政治は子供だましに過ぎない。

そうなっていくんです。
なっていくから、仕方がない。
う、産れて来なければ良かったギャー!って、やってしまうと、漫画の世界ですね。

こういうことを抉(えぐ)られて、エエ気持ちがする人間って、いないですよ。
抉る人は、嫌われるし、大概、血液型はB型です。(=嘘です。非科学的です。でも、経験値です。)
優しさは、普通には生まれないものです。

「総括」 は、聖徳太子が何人他者の命を奪ったか?
日本とは何か?
に及びます。
あ、
さて、
原発問題って、
因果応報です。なんで此の歳になって考えなきゃならんのだ?
それにしても左翼的なネットの文章って、どうして読みにくく作ってあるのでしょう?
僕には 「自信のなさ」 に観えるのです。

知り合いが亡くなったんです。僕より若い。残念です。

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