善意と悪意

そもそも命令には善意も悪意も存在しない。
ある種のスクリプトには「目的」も存在しない。
どうそれを納得するかの問題のような気がする。

日本では「性悪説」が悪いことのように思われている節がある、人間は生まれたときは純真で無垢であるとか何とか……神の前では平等だとかどうとか……仏の慈悲が云々とか……
何も教えられない無垢と何かを知ってしまった無垢とはまるっきり意味が違うような気がする。

あえて書くならば、国を守るためと思い込まされて泣きながら戦場に向かう兵士と、はっきりとした意志で国家と戦う戦士とは重さが違うんだ!なんて書いたら馬鹿右翼に怒られるかな?
もう大衆は「国」という曖昧な概念に騙されないような気がする………
もっと言うと「国」という印籠を振りかざして私利私欲を肥やす馬鹿者に騙され続けることは無いような気がしている。

そういう意味で騙されて殺されていった人々や、何十年もの時間を奪われた人々に涙が出るのだよ!

「性善説」で物を考える人が「いい人」なのかな………?虫も殺さないような人が生きていられるのかな?

与えられてしまった民主主義は技術の根幹にまで染み渡っているような気がする。

価格COMのようなシステム管理の過ちを繰り返さないように、
安易な若造の「ハイ、ハイ、解りました」って返事には気を付けよう!

解っちゃいないんだから!

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