犠牲になってもいい命なんてないぞ!

もし仮に犠牲はやむを得ない、なんて考えている人がいたら、真っ先に本人が犠牲になるべきである。
そんな「命」はどこにもない!
なんだか中国の騒動をみていたら、広告宣伝業界のプロが仕組んだように思えて仕方がない。
昔々から広告宣伝業界が仕組んだ政治的パフォーマンスは、必ず犠牲者を出すんだ。
湾岸戦争がもっとも良い例である。
犠牲者が出ても、企画立案した馬鹿は高みの見物なんである。

かくいう私も、選挙対策の企画をやったことがあるので、非常によく解るのである。
企画者なんてのはいい加減もいいところで、何の責任もないのである。
落選しても、私はしっかり料金を頂いた。

実は企画者が一番困るのは、基本的な「命」の大切さを訴え続けるという単純な行為なんだ!
見えない武器に恐怖したり、盗聴なんかのありもしない個人情報の流出にびびったりしてはならない。
問題は、簡単なのだ!
それを行う人間の心理分析こそが大事なんである。
女の情報を一杯持っていても、女にもてる訳ではないのである。
一寸話が横道に反れた………
やたらと他者の情報を集めたがる連中を「気持ち悪いもの」として規定してしまえばいいのである。
私なんぞは元自衛官の一家に監視し続けられてまいった事がある。
訳も解らないことは彼等にとってよほど「恐怖」だったんだろうと、少し許せる気になっているが………
どうして例に挙げるかって?
何の能力も無い人間に、特権を与えると不気味な存在になってしまう例だからである。
元警察官も同じである。
元は「元」でしかない!という法律を作って欲しいものである
元何々ほど、あてにならないものは無いのである。

いまこそ、命を大切にする運動を展開しよう!蜂のムサシでもいいからやってみようよ!
きっと、全てが見えてくるから。

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